「あぁ!カノン、貴女がそんなことしなくていいのよ!」
「え、でも今までは私の仕事でしたし・・・」
「別にいいわよ!私がやるから!」
うるさい。
そう思いながら女は本から目を離さずに騒ぎを聞いていた。
目の前では母と姉と義妹が誰が食器を片付けるかで争っている。
昨日もこんな感じで争っていたな、と女は思った。
背が高くキーキー声で喚いているのが女の母親。
小太りで背が低いのが女の姉。
そして、茶色の巻き毛で可愛らしいのが彼女の義妹だ。
母達は少し前まで義妹を苛めていた。
しかし、彼女が結婚すると同時に態度を変えた。
それに女は苛立っていた。
「いい加減五月蝿いわよ。静かに本も読めないじゃない」
声を荒げることなく言うと母達はピタッと止まった。
そのまま女は義妹、カノンを見た。
「それに貴女も貴女よ、カノン。いつまでここにいるつもり?貴女は嫁いだのだから早く城に帰りなさいよ」
そう言うと母が自分の名前を呼んだが気にしない。
「それとも何?向こうで苛められているとか?だからって帰ってくるのはおかしいんじゃない?」
そこまで言うと母が自分の傍まで来て頬を叩いた。
「いい加減にしなさい!貴女、自分が何を言っているのか分かっているの!?」
しかし女はその問いに答えずに後ろを向いた。
「こんなところじゃ本も読めないわ。外で読んでくる」
そう言ってその場を去る。
「待ちなさい!クレア!」
母が呼んだがクレアはそちらを見なかった。
あるところに黒薔薇と呼ばれる女が居た。
黒薔薇は漆黒の長い髪を持ちその言葉は誰に対しても棘を持っていた。
そのことから黒薔薇と呼ばれた居た。
その黒薔薇は今、自分の屋敷の庭でうずくまっていた。
「あぁー!私たらなんてことを言ってしまったのかしら!」
黒薔薇、クレアはそう嘆いていた。
「本当はあんなことを言うつもりじゃなかったのに!」
クレアの義妹であるカノンは結婚式の数日後から屋敷に戻ってきている。
本当だったら今頃城で作法などを学んでいる頃だろう。
そんな時に帰ってきた義妹に何かあったのではないか。
そう思いクレアは聞こうとしただけだったのだ。
しかし、彼女の口から漏れるのはキツイ言葉だけ。
素直になれない彼女は優しい言葉よりも先にキツイ言葉が出てしまうのだ。
「・・・駄目!このまま落ち込んでいても何にもならないわ!」
そう言うとクレアは立ち上がった。
「このまま悩んでいてもしょうがないしここは気分転換に散歩でもしましょう!」
そう言うやいなやクレアは庭から玄関へと向かった。
門を出るとクレアはまず最初に本屋へと向かった。
新しい本を見るためだ。
クレアは本屋に着くとドアを開けて中に入った。カラン、という音が鳴る。
「おぉ、クレアちゃん。また来たの?」
出迎えたのはこの本屋の店主だ。
「こんにちは、アジーマさん。何か新しい本はある?」
そう聞くとアジーマは頷いて隣に積み上げてある本の山から一冊取り出した。
青い色の本で表紙には美しい模様が彫ってある。
「もしかしてそれ、風の吟遊詩人さんの・・・?」
風の吟遊詩人とはクレアが敬愛する今人気の吟遊詩人だ。
人気なのでいつも売切れてしまうのだ。
そう聞くとアジーマは片目を瞑ってその通り、と答えた。
「運がよかったね、丁度今朝入ってきたんだよ。しかも一冊だけ」
ほんとよかったね、と言いながらアジーマはその本を渡してきた。
「ありがとう、アジーマさん。これいくら?」
「金ならいらないよ」
そう言われてクレアは驚いたように顔を上げた。
「でも・・・」
「今回はいいんだ。サービス」
「本当にいいんですか?」
「いいんだよ、これも何かの縁だからね」
アジーマは時々こういうところがある。
唐突に変な事を言い出したりするのだ。
そういうところもクレアは気にいっているのだが。
「頑張ってね。こういうものには何かしら縁があるものだ。その縁をどうするかは君次第だよ」
それだけ告げるとアジーマはこちらに向かって手を振った。
退室を促しているのだろう。
聞きたい事はまだあったが仕方なくクレアはそこを離れた。